目の前の仕事に追われているうちに、デザイン一筋30年。気がつけば卒業してはや四 半世紀以上が経っていた。生活に追われ忙しさにかまけながらも、傍らにはいつも「装丁の仕事を沢山やってみたい!」という夢を忘れなかった。約30年間も追い続けてきたそんなささやかな夢が、最近ちょっと近づいてきた。
ゴールデンウイークも休まず帰宅もせずに仕事をする日が続いた。『現代日本短歌大事典』(6月上旬刊行予定、三省堂)や青山圭秀『最後の奇跡』(4月刊行、幻冬舎)、『徳田秋聲全集』全25巻(〜2002年、八木書店)など毎月約10数点の装丁を手掛け、5月には創業以来始めて20数点を制作した。本を作るための疲労は「エネルギー循環の法則」により、自分が作った本が書店に並んでいるのを眺めることと、「増刷です!」という連絡を受けることで癒されている。
3年前から、仕事仲間20人ほどを集めて、3ヶ月に一度「編集者会議室」という、本にまつわる話を肴に酒を酌み交わす会を主催している。著者、編集者、デザイナー、イラストレータが集うので、売れた本の自慢話や返本の山を作ってしまった失敗談、感動した本の話やDTP最前線の話など業界の旬の話が聞ける。参加者全員が5分ほどの持ち時間で話をして10時には終わる予定が、つい話に熱が入り酒がまわり、半数が女性だというのにお開きはいつも午前様。この楽しさが仕事へのエネルギーになっている?
10数年前から近代装丁史に魅かれ古本を集め始めた。そんな趣味が高じて、昨年まで 「北海道新聞」に「装丁探検」を80回連載、「図書設計」に「装丁美術館」を13回、「紙魚の手帳」に「装丁ギャラリー」を5回連載した。お陰で事務所も自宅も古本の倉庫状態。そんなネクラな趣味にも少し陽が差してきた。4月と7月から毎日新聞カルチャーシティ渋谷校で「装丁探索」講座を持つことになったのだ。しかし、請け負ってはみたものの、人前で話した経験のない私にとって、隔週でやって来る90分間の講演は恐怖の体験でもあった。最初は何日も徹夜をして膨大な講演資料を作り、それを棒読みしたが、最近は少し楽しさも感じてきた。最大の収穫は、毎回たくさんたまる資料と人前で話す体験を「貴重な財産」と思えるようになってきたことだ。一方、滯ることを知らない古本の増殖は、生活空間を侵略し新たな恐怖の種になっている。
伊能忠敬「大日本沿海輿地全図」の作成や葛飾北斎「富嶽三十六景」はいずれも50歳 を過ぎてからの偉業である。そんな先人に習い、人生の後半は「自分で書いた本を自分で装丁したい」とういう新たな目標を掲げ、背伸びすることなく楽しく夢に漂いたい。